心筋虚血における細胞内シグナル伝達

水上洋一キーワード;心臓、虚血、MAPK、PKC、オーファン受容体

はじめに
細胞外の様々な刺激に応答して細胞はその運命を変える。特に様々なストレス刺激に対しては細胞のダメージが他の細胞に広がるのを防ぐために種々のな細胞応答のメカニズムが活性化される。しかしながら、ストレスという漠然としたイメージがどのように細胞の中で生化学的なシグナルに変換され、それが細胞応答へとつながっているかについてはまだ、不明な点が多い。
本稿では疾患に密接に関連するストレスモデルとして心臓および心筋細胞による虚血再灌流ストレスを用いた細胞応答に関する最近の成果について紹介する。


心筋虚血におけるPKCアイソフォーム
刺激に対して素早い応答が必要とされる心臓では、短時間で細胞内のシグナル活性化できる脂質が重要な役割を果たしていることが考えられていた。細胞外からのシグナルを膜脂質セカンドメッセジャーを介して受け取るユニークなキナーゼとしてprotein kinase C (PKC)の存在が上げられる。
PKCは当初1つのタンパク質として考えられていたが、分子クローニングが進むにつれ、3つのサブタイプに分かれる一連の酵素ファミリーを形成していることが明らかになってきた。
古典的なcPKC (conventional PKC; PKCa, b, g)は、ジアシルグリセロールとCa2+あるいはホルボールエステルによって活性化されるが、nPKC (novel PKC; PKCδ,ε η,θ,μ)はジアシルグリセロールあるいはホルボールエステル結合部位は存在しているが、Ca2+非依存的である。一方、aPKC (atypical PKC; ι/λ,ζ)はジアシルグリセロール、Ca2+あるいはホルボールエステルに対するいずれの結合部位も存在していない(図1)。
このように活性化機構がそれぞれのサブタイプで異なることから刺激によって異なる生理的役割をもっているのではないかと想像されていた。
私たちの実験では心臓には少なくともPKCa, d, e, zの4種類のアイソーフォムが存在していたが、それぞれのエピトープのアミノ酸配列がかなり近いため、非特異的なバンドが多く検出され、抗体を用いた研究はなかなか進展しなかった。しかし、ペプチドブロックなどの手法で証明することでその細胞内局在や活性化機構が少しずつ解明されてきた。その結果、心筋虚血によってPKCaおよびPKCeが細胞質から核および細胞膜への移行が観察された。また、PKCdは主に細胞膜に存在しており、虚血時に細胞質へと遊離してくることが明らかになった(1)。その細胞内局在の変化による生理的な役割はまだ不明な点が多い。
しかし、プレコンデイショニング効果と呼ばれる治療法(予め短い虚血にさらされことによってその後、虚血に対して耐性を発揮する)が臨床の研究者を中心に注目を集めるようになり、このプレコンデイショニング効果がPKCの特異的な阻害剤できれいに抑制されることから虚血においてPKCのアイソフォームが心筋保護に重要な役割を果たしているのではないかと予想された(2)。阻害剤を用いた研究などからPKCdあるいはPKCeが虚血に対して保護に働いていることが示されている(3)。その下流についてもいつかの候補が上げられているいるがまだ、十分な証拠は得られていない。
また、これまで活性化因子について不明な点が多いPKCzアイソフォームは心筋虚血によって顕著な核移行が観察された。この核移行がphosphoinositide 3-kinase (PI3-K)阻害剤で抑制されたことからPI3-Kによって産生されるPIP3がPKCz活性化因子として機能していることが予想された(4)。また、別のグループはTNFaによって産生されるセラミドがPKCzの活性化因子として機能していることを報告し、細胞死のシグナルに関与しているのではないかと考えられた。このため、PKCzの核内での役割に世界中からの注目が集まるようになった。
酵母のtwo-hybrid法を用いた研究からPKCzの基質としてスプライシング因子であるhnRNPが報告された。その後、私たちは、核に移行したPKCzがMAPKカスケードを活性化していることを見い出している(5)。


心筋虚血におけるMAPK活性化経路

mitogen-activated protein kinase (MAPK)はもともと増殖に関連したリン酸化酵素として発見された。しかし、その活性化にはスレオニンとチロシンの2カ所のリン酸化が必要であるという極めてユニークな特徴を持っている。その後c-Jun N-terminal kinase (JNK), p38MAPKというsuperfamilyが存在することが明らかになり、いずれもスレオニンとチロシンの2カ所のリン酸化が必要だという共通した性質を有していることも明らかになった。さらに、MAPKは種を越えて極めて厳密に保存されており、生命現象に必須の役割を担っていることが予想された。
MAPK superfamilyの活性化にはdual specifity kinaseである MAPKK という一連酵素群によって活性化されることが必須であった。
MAPKKは常に細胞質に存在しておりMAPKは活性化されて核に移行することが報告され、細胞外からの刺激を核へ伝える酵素としてMAPKの存在はさらに注目を集めることになった。核に移行したMAPKは転写因子を活性化し、様々な蛋白を転写誘導することで、細胞増殖において中心的な役割をになっていることが次々に報告された(6)。
私たちはストレスにおいても同様の蛋白合成が観察されることから、心筋虚血時もMAPK活性化が転写活性化の役割を果たしているのではないかと考え、その活性化と核移行について検討をおこなった。しかし、心筋虚血を行ってもMAPKとそのsuperfamilyであるJNKの十分な活性化は観察されなかった。活性化されていないにもかかわらず核分画にはMAPKおよびJNK蛋白の増加が観察され、不活性化型の核移行が示唆されるようなデータが観察された。心筋虚血から再灌流すると核分画のMAPK superfamilyの活性化が検出された。このときMAPKとJNKの活性化経路が核内にも存在しているのではないかと感じ始めていた。
ちょうどこの時期にハーバード大学のグループからJNKが核内で活性化されているという報告をNatereに発表した(7)。しかし、その後、カリフォルニア大学のグループが核内の活性化経路は存在しないという全く逆の論文をScienceに発表し、ストレスにおいても受容体の2量体化が起こっていることを示した(8)。
私たちは上流キナーゼであるSEK(JNKの上流)やMEK(MAPKの上流)の局在を解明することが重要であると考えた。なぜならば、MAPK superfamilyを活性化できるのはdual specificity kinaseであるこの酵素群だけだからである。心筋虚血モデルを用いてJNKが核内で活性化されることを示すと同時にSEKの局在をあらためて検討した。SEKは細胞質に存在していると考えられていたが、実は細胞質と核の両方に存在していることが証明され、さらにストレス(ここでは心筋虚血)時には核に存在しているSEKのみが活性化されていることが明らかになった(9)。
この時期にMEK(MAPKの上流MAPKK)には核外移行シグナルが存在し、常に核から外に運ばれていることが初めて証明された(10)。このシグナルはSEKには存在しておらず、SEKは核と細胞質に存在していることが明らかになった。この結果JNKの活性化が核内でも起こりうるということが認められたことになった。
しかし、私たちは、JNKだけではなくMAPKもまた、核活性化経路が存在していることを主張しており(11)、まだ、納得のいく結論ではなかった。そのため、心筋虚血再灌流におけるMAPKの活性化経路を完全に解明しなければならないと考え、これまでの組織を用いた実験から細胞レベルでの虚血モデルの作製に取り組み、核内MAPK活性化経路を検討することにした。このモデルに変異遺伝子やアンチセンスDNAを用いた結果、PI3-Kによって活性化され、核に移行したPKCzがMAPKの上流に存在することが明らかになった(5)。
しかし、MAPKの活性化にはスレオニンとチロシンのリン酸化が必要であるため、セリン・スレオニンキナーゼであるPKCzが直接上流にあるとは考えにくい。そこで、MEKの細胞内局在を検討したところ、MEKは心筋虚血時に細胞質から核へ移行していることが明らかになった。
また、活性化型のみ検出するリン酸化抗体で観察すると虚血再灌流によって核内MEKのみが活性化されるのに対して増殖因子による刺激では細胞質でのみ検出された。これらの結果は核に移行したPKCzから核内でMEKを介してMAPKが活性化していることを示し、これまでとは全く異なる核内MAPK活性化経路が存在していることが初めて明らかになった (図3)(8)。
私たちが論文を投稿中に神戸大学のグループがインスリン刺激で、PI3-K、 PKCz、MAPKの活性化経路が存在することを発表した(細胞内の局在については示されていないが)(12)。また、いつかのグループからMEKは常に細胞質に存在しているのではなく、ある一定の刺激によって核へ移行することが証明され、私たちの研究結果が支持されるデータとなった。
もともとMAPKの研究者の間には活性化型とともに不活性型のMAPKが核に移行することは観察されていたようである。しかしその生理的意義や上流経路が不明なこともあり、発表することができなかったようである。
現在の研究ではストレスによって生成する極めて低分子の物質がMEKの核移行を制御していることがわかってきた。この分子がストレスにおける転写調節に重要な役割を果たしているのではないかと考えている。
心筋虚血におけるMAPK活性化の生理的意義
ではなぜ、MAPKは核内で活性化されなければならないのだろうか。増殖因子による刺激では活性化のシグナルを受け、MAPKが核に移行するまでには少なくとも20分程度の時間が必要である。これに対して核で活性化することができれば、すぐに転写因子を活性化することができ、素早い蛋白合成が可能となる。
事実、MAPKの下流に存在すると考えられているc-fosやc-junは心筋虚血時にはわずか10分程度でmRNAの合成がmaxに達している(9)。つまり、細胞の運命を決定づける重要な因子がMAPKの活性化によって極めて急速に誘導されているのではないかと考えられる。
そこで、MAPK活性を抑制した状態で、心筋虚血モデルでの実験を行った。MAPK活性化を抑制した細胞では心筋虚血後再灌流12時間過ぎから顕著な細胞死が観察されるようになり、MAPKが心筋虚血後の細胞死抑制に働いていることが明らかになった(13)。
さらにMAPKによって転写誘導され、細胞死抑制する因子を解明するため、細胞全抽出液を用いて2次元電気泳動法によるプロテインデファレンシャルデスプレイ法を行うことにした。この方法は必ずしもすべてのタンパク質が検出されるわけではないとい欠点はあるものの分子量や等電点からシークエンスせずにタンパク質の情報が得られというメリットがある。この手法でMAPKによってもっとも顕著に誘導されたタンパク質をアミノ酸シークエンス法と質量分析計を用いて解析した(図2)。
その結果、解糖系酵素の一つであるa-enolaseがMAPKの下流に存在することが明かになった(13)。解糖系からTCAサイクルへの流れはATPを大量に産生するためには必須の経路である。特に常に収縮を続けなればならない心臓にとってATPが大量に供給され続けることは極めて重要なように思われる。
そこで、私は変異遺伝子を用いてMAPK活性を抑制した状態で心筋虚血後の細胞内ATP量を測定した。予想されるようにa-enolaeの発現が抑制される時とほぼ一致してATP産生量は急速に低下し始め、その後、細胞死が観察された(13)。収縮している心臓ではこの作用はさらに顕著であろう(図3)。
MAPKの重要性は多くの研究者が一致した意見である。しかし、重要性の根拠はもうひとつはっきりしていなかった。私たちの研究結果からMAPKが生命現象の根幹にかかわるATPの産生に深く関わることで細胞の生存維持に重要な役割を果たしていることが明らかになってきた。


心筋虚血後のオーファン受容体の遺伝子発現

虚血ストレスにさらされた心筋細胞は極めてダイナミックな遺伝子発現の変化を示している。この変化は細胞や組織に何か重要なシグナルを送っているのではないかと考え、リガンドが解明されていないオーファン受容体を中心にその遺伝子発現の変化を観察した。その結果、まだ、ラット全長がクローニングされていないTPRA40という受容体遺伝子の発現が虚血にさらされることによって急速に抑制されることが明らかになり、その全長のクローニングにも成功した(14)。さらに研究を進めるとこの遺伝子は細胞外のグルコース濃度に応答して遺伝子発現を制御されていることが明らかなってきた。心筋虚血時には酸素の供給だけではなくグルコースなどの栄養成分も枯渇しており、この遺伝子はグルコースの枯渇によって制御されているようである(14)。
さらに興味深いことにグルコース濃度を上げると転写が亢進されることから細胞にグルコース濃度検知するセンサーのようなものが存在し、TPRA40遺伝子の発現をコントロールしているのではないかと考えられた。この結果は、TPRA40が糖尿病の病態の発症や進展に深く関与している可能性があり、大変興味深い結果である。
さらに、今度は心筋虚血によって遺伝子発現が急速に亢進する遺伝子の単離にも成功した(15)。無刺激の細胞にこの遺伝子を発現させると急速に細胞が丸くなり、死滅するという現象が観察され、私たちはこの遺伝子を低酸素誘導型細胞死受容体遺伝子(Hypoxia-induced apoptosis receptor; HIA-R)と名付けた。HIA-Rの遺伝子を導入することで、細胞死が観察されるが、このとき、ガン抑制遺伝子が活性化されることを見いだした。
虚血とがん抑制遺伝子というのは無関係なようであるが、ガンの発生は初期に血流が途絶えていることによって引き起こされることが報告されており、この遺伝子は細胞のガン化に関わっているのではないかと想像することができる。これらの遺伝子の機能解明にはまだ、多く研究が必要であることは疑いないが、治療への応用につながる重要な因子であるのではいかという期待も大きく膨らむ結果である。


心筋虚血という小さな興味から始まった私の研究は他の疾患に関連する因子へと少しずつ広がりを見せ始めています。今年は大学院生も修了し、一人で気楽に実験できる反面、手を広げて過ぎてしまった研究に困惑を感じ始めています。もし、私の仕事に興味をお持ちの方がいらっしゃいましたら、どうぞお気軽にお声をおかけください。
ここで紹介しました研究は、山口大学医学部法医学教室 吉田謙一教授;現東京大医学部法医学教室教授および山口大学医学部生理学第一講座 小林誠教授のもとで行われたものです。また、研究の一部は山口大学医学部第二内科学講座 松崎益徳教授、三浦俊郎講師のご協力のもと大学院である川田泰伸先生、河村修二先生、藤本紀代子先生および木村征靖先生とともに行われました。また、アミノ酸シークエンスは、キリンビール産業基盤研究所 岩松明彦博士との共同研究によるものです。ご協力いただきましたみなさま方にこの場をお借りしまして厚くお礼を申し上げます。
また、この総説は第2回デクニカルラインの一部をまとめたものです。セミナー開催にご尽力下さいました藤井康彦助講会会長、石川秀明副会長にお礼申し上げます。


文献
1. Yoshida, K., Hirata, T., Akita, Y., Mizukami, Y., Yamaguchi, K., Sorimachi, Y., Ishihara, T., and Kawashiama, S. (1996) Biochim Biophys Acta 1317, 36-44.
2. Yoshida, K., Kawamura, S., Mizukami, Y., and Kitakaze, M. (1997) J Biochem (Tokyo) 122, 506-511.
3. Kawamura, S., Yoshida, K., Miura, T., Mizukami, Y., and Matsuzaki, M. (1998) Am J Physiol 275, H2266-71.
4. Mizukami, Y., Hirata, T., and Yoshida, K. (1997) FEBS Lett 401, 247-251.
5. Mizukami, Y., Kobayashi, S., Uberall, F., Hellbert, K., Kobayashi, N., and Yoshida, K. (2000) J Biol Chem 275, 19921-19927.
6. Kawata, Y., Mizukami, Y., Fujii, Z., Sakumura, T., Yoshida, K., and Matsuzaki, M. (1998) J Biol Chem 273, 16905-16912.
7. Kharbanda, S., Ren, R., Pandey, P., Shafman, T. D., Feller, S. M., Weichselbaum, R. R., and Kufe, D. W. (1995) Nature 376, 785-788.
8. Rosette, C., and Karin, M. (1996) Science 274, 1194-1197.
9. Mizukami, Y., Yoshioka, K., Morimoto, S., and Yoshida, K. (1997) J Biol Chem 272, 16657-16662.
10. Fukuda, M., Gotoh, I., Gotoh, Y., and Nishida, E. (1996) J Biol Chem 271, 20024-20028.
11. Mizukami, Y., and Yoshida, K. (1997) Biochem J 323, 785-790.
12. Takeda, H., Matozaki, T., Takada, T., Noguchi, T., Yamao, T., Tsuda, M., Ochi, F., Fukunaga, K., Inagaki, K., and Kasuga, M. (1999) EMBO J 18, 386-395.
13. Mizuakami, Y., Iwamatsu, A., Kimura, M., Yoshida, K., Nakamura, K., Greenburg, M., Kobayashi, S., submitted
14. Fujimoto, K., Mizukami, Y., Kimura, M., Mogami, K., Todoroki-Ikeda, N., Kobayashi, S., Matsuzaki, M., Biochim. Biophys. Acta in press
15. Kimura, M., Mizukami, Y., Miura, T., Fujimoto, K., Kobayashi, S., Matsuzaki, M., submitted.

図1 PKC アイソフォームのサブファミリーとその配列上の特徴


図2 心筋虚血再灌流時にMAPK活性化によって誘導されるタンパク質2次元電気泳動後のCBB染色によるスプット(A-C)。無刺激(A) 心筋虚血再灌流後(B) MEK阻害剤存在下で心筋虚血再灌流後(C)。分子量52KDAのスポットをプロテアーゼで処理後、逆相高速液体クロマチグラフィーでペプチドを分離(D)。矢印のピークを分取し、アミノ酸シークエンスを行った。


図3 心筋虚血再灌流時のMAPK活性化経路とその生理的意義