オーファン受容体は宝のヤマ?


水上洋一キーワード;心臓、虚血、オーファン受容体 GTP結合型受容体 (GPCR)


はじめに
 DNAシークエンスなどの遺伝子解析の分野では、めざましい勢いで技術革新が進んでいる。今年はヒトゲノムのドラフトシークエンスが発表され、様々な情報が私たちの前に姿を現した。これらの情報の中でも細胞外からの刺激を細胞内に伝えるGTP結合型受容体(G-protein coupled receptor; GPCR)の遺伝子数が意外に多く、数千個の遺伝子が存在していることが明らかになった。
ヒトの記憶、感情、味覚や臭覚、心血管機能といった高次機能にはまだ、不明な点が多いが、こうした高次機能の解明にGPCRが大きな注目を集めている。
とりわけ、オーファン受容体と呼ばれるリガンドや機能が未解明のGPCRは今後、生理的に重要な発見につながる可能性を秘めていることから世界中の研究者が大きな関心を寄せている。
そこで、このミニレビューでは最近のGPCRおよびオーファン受容体の研究を概説するとともに筆者らのオーファン受容体に関連した研究をご紹介させていただきたい。


GTP結合型受容体 (GPCR)とは
GPCRはその名前からもわかるようにguanine nucleotide-binding regulatory proteinの活性化を介して機能を果たしている受容体である1)(表1)。
GPCRに結合しているGタンパク質は、休止状態ではGaサブユニットがGDPと結合し、Gb, Ggサブユニットとともに3量体を形成している。リガンドがGPCRに結合し、活性化すると、3量体型Gタンパク質はGDP-GTP交換反応によってGTP結合型に変換され、b、gサブユニットから解離する。
 この反応によってアデニル酸シクラーゼ、グアニル酸シクラーゼ、ホスホリパーゼA2、Cなどの分子を活性化し、cAMP、cGMP、ジアシルグリセロール、イノシトール3ホスフェートなどのセカンドメッセンジャーが産生され、一連の細胞内シグナル経路が活性化される。
また、あるときにはCa2+、K+チャンネルの活性化を介してアラキドン酸やホスファチジン酸のような別のセカンドメッセンジャーが産生される。
多くのGPCRはMitogen-activated protein kinase (MAPK)を活性化することができるが、このプロセスはGPCRのエンドサイトーシスやアダプタータンパクのチロシンリン酸化が関与していると考えられている。
このような細胞内シグナル伝達システムだけではなくGPCRのシグナル伝達には明らかに複雑なシステムが存在していると考えられている。なぜならば、細胞によって異なる代謝応答を誘導したり、様々な遺伝子発現が活性化されることが知られており、この遺伝子発現の違いが、細胞の増殖や分化あるいは筋肉収縮や視覚、臭覚、記憶、感情といった高次機能の発現において生理的に重要な役割をはたしていると思われているからである。
GPCRを活性化する内因性リガンド
GPCRは幅広い分子をリガンドとして結合することができる1)(表2)。
たとえば糖蛋白質からペプチド、あるいは薬物や脂質といった低分子の物質まで結合することができるが、結合部位や結合様式は様々である。
タンパク質や高分子のペプチドは、多くの場合、細胞外に出ているスカフォールドループに結合する。薬物を含めた低分子の物質は受容体の膜貫通領域に結合すると考えられている。また、ペプチドの中には、細胞外のループに結合した後、取り込まれ、膜貫通領域に結合し、受容体を活性化するものも報告されている。
いずれにしても重要なことはリガンド結合部位を同定することによって薬剤として有用なアゴニストやアンタゴニストを開発すことであり、多くの製薬企業では受容体の立体構造を予測し、新薬開発を加速させている。
GPCRを標的とする医薬品
GPCRを介した薬物治療はこの30年間でめざましい成功を遂げてきた。
現在、使われている薬剤の50%以上がGPCRを標的にしたものであり、その薬剤の世界中の売り上げは、上位25%以上を占めており、売上高は1997年で2兆ドルに達しようとしている1)(表3)。
このため、各製薬企業はGPCRの研究にかなりのエネルギーを注いでおり、ハイスループットなスクリーニング方法が次々に開発されている2)。


GPCRと遺伝性疾患

GPCRの重要性は薬物開発ばかりでなはく遺伝性疾患の多くとも関連していることにある1)(表4)。
現在のところ、視覚において、色盲や夜盲症、網膜性色素変性症といった疾患でGPCRの変異が検出されている。また、味覚や臭覚に関連するGPCRは2000以上存在すると言われており、味覚、臭覚異常の解明が急速に進展する可能性がある。GPCRは細胞外の刺激を受け取る受容体であることからこうした五感に密接に関連していることも十分理解することができる。
また、ホルモン分泌においてGPCRの変異がかなり報告されており、生理的役割における重要性が示唆されている。
オーファン受容体の解明
これまでに見つかっているGPCRのホモロジーサーチや保存された配列からのPCRによって未だにリガンドが不明なGPCRが少なくとも140は存在していることが明らかになった。
これらのリガンド未知のGPCRをみなしごの受容体という意味からオーファン受容体と呼んでいる(オーファン受容体のなかには一般的に核内受容体も含まれることが多い)。
これらのオーファン受容体からリガンドをスクリーニング方法はオーファン受容体ストラトジーと呼ばれ、すでにかなりのリガンドがこの方法で成功を収めている3)(表5)。
この方法は、具体的には古典的はタンパク精製技術と遺伝子発現細胞のバイオアッセイを組み合わせてものである。アッセイ方法として簡便に大量のサンプル処理が可能な細胞内Ca2+測定やアラキドン酸の測定を組み合わせている。
この方法の成功の中でも最も先駆的な役割を果たしてのはオレキシンの発見ではないだろうか。
 今では、オーソドックスなオーファン受容体ストラトジーによってオレキシンが発見されたのだが、オレキシンをラットに投与した結果や脳内の発現部位から、当初は食欲を司るニューロトランスミッターだと考えられていた4)。
しかし、その後ノックアウトマウスの実験などからオレキシン受容体がナルコレプシー原因遺伝子であることが明らかになった5)。
同時にナルコレプシーの患者からもオレキシン受容体の変異が見つかり、ナルコレプシーの原因が初めて遺伝子レベルで解明された6)。
この研究の成果は、オーファン受容体の中にはまだまだ、重要な遺伝子が数多く眠っていることを強く示唆している。
この研究を境にオーファン受容体に関する研究は一気に加速され、グレリン7)やウロテンシン8)といった新たなニューロトランスミッターやホルモンが発見されていった。
心筋虚血とオーファン受容体
 心臓は全身に血液を送るポンプの役割を果たしている。
私は心臓が単に血液を送っているだけではなく全身の機能をシンクロさせるためのシグナルをおくっているのではないかと考えた。
つまり、心筋梗塞など心臓になんらかの疾患が生じた場合、それを他の臓器に知らせる役割、逆に、他の臓器(あるいは心臓自身)で異常が発生した場合、それを感知する機能が心臓に存在しているのではないかと予想した。
そこで、まず、大量の心筋細胞を虚血にさらし、その培養上清を集め、解析を行った。その結果、心臓からは10 kDa程度の低分子の物質から70 kDa近い高分子のタンパク質まで100種類近いペプチド分子が細胞外に放出されていることが明らかになった。さらにこれらのなかには、リン酸化反応などの細胞内シグナル経路を活性化する分子が多数検出された。
この研究と平行して、これらの細胞外シグナル伝達因子の受け手側である受容体についても検討した。つまり、細胞外シグナル伝達因子が多数存在している条件下では、受け手側である受容体の転写が亢進しているのではないかと考えたからである。
受容体の中でもリガンド未知のオーファン受容体にターゲットを絞り虚血における発現を観察することにした。様々なオーファン受容体の転写活性を検討した結果、GPR41が虚血再灌流後に転写活性の有意な上昇を示していることが明らかになった9)(図1)。
心臓には普段GPR41をほとんど発現していないことから、この細胞にGPR41を過剰発現させ、生理機能を観察した。その結果、過剰発現した細胞のほとんどがアポトーシスを起こし丸くなって死滅してしまった(図2)。そこで、私たちはこの遺伝子を低酸素誘導アポトーシス受容体(Hypoxia-induced apoptosis receptor; HIA-R)と呼ぶことにした。
興味あることにすでにHIA-Rの発現が観察されるCHO細胞では細胞死を誘導できないが、正常な状態では発現していない心筋細胞や肝細胞ではHIA-Rの過剰発現によって細胞死誘導することができた。
神経細胞にはHIA-Rはすでにかなり高発現しているが、このような細胞にはHIA-Rによる細胞死を抑制するメカニズムが存在しているのかもしれない。また、細胞死以外にも何らかの生理的役割が存在しているのかもしれない。
HIA-Rによる心筋細胞死のメカニズム
HIA-Rによる細胞死のメカニズムにはガン抑制遺伝子であるp53が関与しているようである。これまでの結果では、HIA-Rを過剰発現した細胞では、p53のmRNAレベルは変化しないが、タンパク質レベルの顕著な亢進が認められた。これまでの報告では、正常な状態ではp53は常に分解されており、アポトーシスを抑制していると考えられている。HIA-Rはこのp53の分解経路を抑制しているようである。蓄積したp53は核に移行し、アポトーシス誘導に関与しているbaxの転写を活性化しており。これが心筋細胞をアポトーシスに導いているようである9)(図3)。
多くの受容体がMAPKを活性化できることから、MAPK superfamilyの酵素活性も検討したが、私たちの実験系では顕著な変化を観察することができなかった。
これらの結果からHIA-Rはp53を活性化することができる全く新しい種類の受容体であり、虚血後に心筋細胞にアポトーシスを誘導する受容体であることが示唆された。
HIA-Rの生理的役割を解明し、心筋梗塞の治療に応用するためには、リガンドの同定を行うとともにノックアウトマウスを作製が重要になってくることは疑いのないところである。


今後の研究について
私は、この6年間、心疾患と細胞内シグナル伝達因子との関係に焦点を絞り、研究を行ってきたが、今後はシグナル伝達の研究から離れ、オーファン受容体に研究の中心を移す予定である。この分野は世界中の製薬企業が参入しており、激しい競争があることは予想されるが、近い将来、様々な疾患に苦しむ患者さんを救い、社会に多くの福音をもたらすことができると考えている。
山口医学会中村賞の受賞内容は、すでに、山口医学会誌(50, 563-568, 2001)に紹介しております。このため、最近の研究内容を一部ご紹介させていただきました。


図1. 細胞レベルでの虚血再灌流刺激におけるGPR41の遺伝子発現
H9c2細胞を虚血再灌流刺激後、mRNAを抽出し、GPR41 (A)、G3PDH (B)、c-fos (C)、 c-jun (C)に対するプライマーを用いてRT-PCRを行った。GPR41に対するRT-PCRの結果をデンシトメトリーで測定し、グラフに表示した(D)。
図2. GPR41の細胞内局在の変化
GFP単独(A)およびGFP-GPR41(B, C, D)を発現し、GPR41の細胞内局在を発現後、12時間 (B and F)、24時間 (C and G)、36時間 (D and H)で観察した、また、細胞はヘキスト(E-H)で2重染色を行い、これらの像を重ね合わせた(I-L)。
図3. GPR41によるp53転写活性の測定
それぞれのベクターを細胞内に導入し、ルシフェラーゼ活性を測定することでp53の転写活性化能を測定した。また、ルシフェラーゼ活性はb-ガラクトシダーゼ活性で補正を行った。


文献
1) Flower, D. R., Modelling G-protein-coupled receptors for drug design. Biochim Biophys. Acta, 1999; 1422; 207-234.
2) Hertzberg, R. P. and Pope, A. J. High-throughput screening: new technologh for the 21st century, Current Opinion in Chem. Biol., 2000; 4; 445-451.
3) Civelli, O., Nothacker, H.-P., Saito, Y., Wang, Z., Lin, S. H. S., and Reinscheid, R. K., Novel neurtransmitters as natural ligands of orphan G-protein-coupled receptors, Trends in Neuroscience, 2001; 24; 230-237..
4) Sakurai T, Amemiya A, Ishii M, Matsuzaki I, Chemelli RM, Tanaka H, Williams SC, Richardson JA, Kozlowski GP, Wilson S, Arch JR, Buckingham RE, Haynes AC, Carr SA, Annan RS, McNulty DE, Liu WS, Terrett JA, Elshourbagy NA, Bergsma DJ, Yanagisawa M., Orexins and orexin receptors: a family of hypothalamic neuropeptides and G protein-coupled receptors that regulate feeding behavior. Cell. 1998; 92; 573-585.
5) Chemelli RM, Willie JT, Sinton CM, Elmquist JK, Scammell T, Lee C, Richardson JA, Williams SC, Xiong Y, Kisanuki Y, Fitch TE, Nakazato M, Hammer RE, Saper CB, Yanagisawa M., Narcolepsy in orexin knockout mice: molecular genetics of sleep regulation., Cell 1999;98; 437-451.
6) Lin L, Faraco J, Li R, Kadotani H, Rogers W, Lin X, Qiu X, de Jong PJ, Nishino S, Mignot E., The sleep disorder canine narcolepsy is caused by a mutation in the hypocretin (orexin) receptor 2 gene., Cell, 1999;98; 365-376

7) Kojima M, Hosoda H, Date Y, Nakazato M, Matsuo H, Kangawa K. Ghrelin is a growth-hormone-releasing acylated peptide from stomach. Nature 1999; 402; 656-60
8) Nothacker HP, Wang Z, McNeill AM, Saito Y, Merten S, O'Dowd B, Duckles SP, Civelli O. Identification of the natural ligand of an orphan G-protein-coupled receptor involved in the regulation of vasoconstriction. Nature Cell Biol 1999;1; 383-385.
9) Kimura, M., Mizukami, Y., Miura, T., Fujimoto, K., Kobayashi, S., and Matsuzaki, M., G-protein-coupled receptor, GPR41, induces apoptosis via a p53/Bax pathway during ischemic hypoxia and reoxygenation, J. Biol. Chem. 2001;276; 26453-26460.


表1 遺伝子配列に基づいたGタンパク質結合型受容体(GPCR)の分類
クラスA: rhodopsin-like receptor
ファミリーI olfactory receptors, adenosine receptors
ファミリーII biogenic amine receptors
ファミリーIII neuropeptide receptors
ファミリーIV invertebrate opsins
ファミリーV chemokine receptors
ファミリーVI melatonin receptors
クラスB: calcitonin and related receptors
ファミリーI calcitonin receptors
ファミリーII PTH receptors
ファミリーIII glucagon receptors
ファミリーIV latroxin receptors
クラスC: metabolic glutamate receptors
ファミリーI metabolic glutamate receptors
ファミリーII calcium receptors
ファミリーIII GABA-B receptors
ファミリーIV putative pheromone receptors
クラスD: STE2 pheromone receptors
クラスE: STE3 pheromone receptors
クラスF: cAMP receptors


表2 Gタンパク質結合型受容体(GPCR)に対する内因性リガンドの分類
Biogenic amines Adorenaline, Dopamine, Histamine, Acetylcholine, Noradrenaline
Peptide and proteins Angiotensin, Bradykinine, Bombesin, C5a, Calcitonin. Chemokines, Interleukin 8, Diuretic hormone, Growth hormone, fMLP, Vasopressin, Enkephalins, Neuropeptide Y, Neurotensin, Opioids, Endothelin,
Lipids Anandamide, Cannabinods, Leukotrienes, Lysophosphatidic acid, Platelet-activating factor
Eicosanoids Prostacyclins, Prostaglandins, Thromboxanes
Purines and nucleotides Adenosine, cAMP, ATP, UTP, ADP, UDP
Excitatory amino acid and ions Glutamate, Calcium, GABA


表3 Gタンパク質結合型受容体(GPCR)を標的にした医薬品
   薬品名      標的となるGタンパク質結合型受容体
Antenolol b2 antagonist
Buspirone 5-HT1a agonist
Cetiizine Antihistamine H1 antagonist
Cimetidine H2 antagonist
Cisapride 5-HT4 ligand
Doxazosin a1 antagonist
Famotidine H2 antagonist
Leuprorelin LH-RH agonist
Losartan AT1 antagosint
Leuprolide LH-RH agonist
Nizatidine H2 antigonist
Metoprolol b1 antigonist
Olanzapine Mixed D2/D1/5-HT2 antagonist
Ranitidine H2 antagonist
Risperidone Mixed D2/5-HT2 antagonist
Salmeterol b2 antagonist
Terazosine a1 antagonist